パワハラを見て見ぬふりをする人 パワハラされている人から冷たい人と思われる

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「パワハラはいけないこと」と心の中ではそう思っている人は多いものの、問題の解決を働きかけたり出来ず「見て見ぬふり」をしてしまい、傍観者となってしまうケースがあります。パワハラされている人から見たら周囲のそういう人たちはどう映るのでしょうか。

「私はパワハラに関わっていない。見ていて心苦しいとは思うが助けることはできない。かわいそうだがパワハラが終わるのを願うしか方法がない」と思っている人も間接的にパワハラに関わってしまっている可能性があるのです。

 

パワハラは加害者と被害者の当事者間だけの問題ではない

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パワハラは例えば、パワハラをする上司とパワハラされる部下の二人だけの問題として注目されます。職場にこの二人しかいなければ当事者間のみの問題として見られますが、実際にはこの二人以外に職場の同僚や他の上司も存在します。ここで気付いていただきたいのは、パワハラを加害者と被害者の問題とせず、周囲にいる人も当事者としての意識を持っていただきたいということです。

 

「見て見ぬふり」をする人は冷たい人に見られがち

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「見て見ぬふり」をする人も様々で「自分には全く関係ない」「あいつ、またやられてるよ。しょうがないな。まぁ、あいつにも原因があるんだけど」と思っている人もいれば、「かわいそうに。でも私は何もしてあげられない。」と思う人もいることでしょう。

考え方はそれぞれ違うとはいえ、パワハラを見て見ぬふりをしている人もその職場の中で共に働いている以上は当事者の一人なのです。もしかしたら、パワハラを受けている標的が「たまたま運悪くその人であった」というだけで「あなた」が標的になっているかもしれないのです。

パワハラされている人からすれば、「見て見ぬふり」をする人はパワハラする人と同じ「冷たい人」で間接的にパワハラに関わっている人たちとして映るのです。

 

周囲の人が当事者意識を持つことでパワハラの被害者を救う事ができる

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パワハラを「見て見ぬふり」をしてしまうというのは、どこか「子供の学校のいじめ」にも似ているような気がします。いじめっ子、いじめられっ子、そしてクラスの中の同級生が傍観者となっている。大人の世界も子供の世界も共通しているのかもしれませんが、「もし、自分が同じ立場でパワハラ被害を受けたら」という違う目線で相手を思いやることが出来れば、自然と当事者意識が芽生え、当事者間の問題ではなく職場全体の問題として考えることが出来るようになります。



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